ぽっぽ屋備忘録

にわかな鉄道好きによる日々の撮影の備忘録

2016-01-01から1年間の記事一覧

Report No.42 地下鉄に乗って

103系というと、一時は3500両にも迫る両数を抱える大所帯でありまさしく国鉄通勤型の顔であった。そして、両数もさることながら、形態もまた多数あった。そのうちの一つがいわゆる”地下鉄対応車”である。地下鉄対応車は、1000番台、1200番台、1500番台が該当…

Report No.41 銀河鉄道の夜

石北本線は旭川~網走を結ぶ”本線”である。本線と言えど、一日数往復特急がある程度でそれを除けば、非電化単線のいわゆるローカル線である。単線であるため、もちろん列車交換のために途中駅には交換設備が備わっているところがある。 そのうちの一つに下白…

Report No.40 青の旅

”あぁ、だから今夜だけは君を抱いていたい あぁ、明日の今頃は、僕は汽車の中・・・” これは、1973年発表の財津和夫(チューリップ)の歌の一節である。当時日本は高度経済成長の末期、地方に恋人を残して夜行列車で上京する若者の気持ちを歌った曲として多…

Report No.39 黒鋼の記憶

1960年代まで、日本のほとんどの国鉄路線は非電化であり、蒸気機関車が牽引する貨客列車が闊歩していた。1960年から始まった15年に及ぶ”動力近代化計画”、通称”無煙化”によって蒸気機関車による列車運行は1975年に終焉を迎えた。無煙化計画末期の1971年9月15…

Report No.38 幻影

いまや日本から定期寝台列車は全廃されてしまい、”高級ツアー”として”ななつ星”や”カシオペア”などが臨時運行される程度になってしまった。かつては東京や大阪のような大都市から日本各地へ寝台列車が発着していた。中でも日本の大動脈、東海道・山陽本線系…

Report No.37 合いの子

鉄道システムというのは線路や信号設備、架線やトンネルなど様々な要素が複合した巨大なシステムであり、その一つでも欠ければ安全運行にかかわる。これら鉄道システムを検測し、システムが正常値になっているかどうかを確認するために裏方の車両たち、検測…

Report No.36 昭和の残り香

かつての日本、特に高度成長期ごろまでは今ほど道路網は整備されておらず、物資の輸送といえば鉄道貨物が主力であった。この頃は、国鉄だけでなく、私鉄でさえも貨物輸送を行っており、国鉄から私鉄へ、私鉄から国鉄へ貨物のリレーが日常的であった。 郊外や…

Report No.35 蒼い夢、永遠に

前回天理臨の話をしたので今回も引き続き天理臨について触れていきたい。 青森~天理で運転されていた24系使用の天理臨が、京都駅でEF81とDD51を付け替えるのは前回お話しした通りである。北陸方面への列車は通常0番線から発車するが、天理臨は往復ともに7番…

Report No.34 青と赤

天理教をご存知だろうか。天理教とは江戸時代に生まれた新興宗教であり、宗教人口はおよそ100万人、奈良県天理市にその総本山を構える。この天理教、年に数回の祭事があり、この祭事に合わせて全国の天理教徒の方々が多く天理市へはせ参じるのであるが、これ…

Report No.33 小さな巨人

北海道への玄関口である海峡線では、新幹線開業までED79が客車列車の牽引を担当していた。ED79はED75改造し、海峡線専用仕様にした形式である。改造車種にED75が選ばれた理由は、当時運用の再編によって余剰が生じており、比較的車齢の浅い車両がまとまって…

Report No.32 夜花

かつては海峡線といえば、快速「海峡」をはじめとして、「はつかり」、「日本海、「北斗星」、「トワイライトエクスプレス」、「カシオペア」、「白鳥」、「はつかり」などなど数多くの優等列車が日夜闊歩していた。しかし、利用客減少や老朽化、北海道新幹…

Report No.31 さよならの宴

2011年の287系の導入に合わせて山陰・福知山線系統の特急列車は大きく再編された。 それまでは行き先および経由線区の違いから北近畿、文殊、まいづる、きのさき、はしだて、たんばの7つの電車特急が存在した。2011年3月ダイヤ改正では、この7つがこうのとり…

Report No.30 雪国の名残

先日、とある新聞記事で運用消滅のためJR北海道所属のDD51が廃車確定と報道された。国鉄無煙化推進の立役者ともなったDD51はいよいよ終焉を迎えようとしている。 さて、そんなDD51だが、製造時期や配置場所によって形態が異なる。一時は北は旭川から南は熊本…

Report No.29 蒼い翼

当時の国鉄としては斬新なクリーム地に青の帯をまとい、世界初の本格的寝台電車として寝台特急『月光』で華々しくデビューし、昼夜を問わず日本中を縦横無尽に駆け巡った月光型、583系も残るは仙台所属のN1+N2編成6両のみとなった。 583系開発当時、国鉄では…

Report No.28 蝦夷富士は晴れているか

蝦夷富士とは羊蹄山の別名である。標高1898mと富士山には到底及ばない高さだが、富士山に似たその円錐状の形が由来である。またアイヌ語ではマッカリヌプリやマチネシリと呼ばれる。時折函館本線”山線”で運転される臨時特急ヌプリ号の名もここからきている。…

Report No.27 夕焼けの国鉄色

福知山電車区に所属していた381系は、末期、閑散期4両、繁盛期6両という設定で運転されていた。基本編成は6両だが、中間のモハユニット2両を抜いて4両で運転するという形である。287系や、かつて在籍した183系では4両および3両編成が存在し、まいづる・はし…

Report No.26 日本海縦貫線号

1964年の東海道新幹線開業を皮切りに、主要幹線網の新幹線化が始まった。今や、新幹線のみで東京から函館、新潟、金沢、鹿児島中央へ行ける時代となった。しかしその裏では、速達性と利便性を引き換えに歴史の中へ消えていったものたちもあった。 2015年3月1…

Report No.25 75レ

2015年に大宮工場からDD51-1801がDD51として最後となる全検出場をし、DF200の導入が噂され、ついに貨物からDD51の完全引退が現実味を帯びてきた。 現在、愛知機関区に所属していおり稼働状態にあるDD51は、最も車齢の浅いラストナンバー機DD51-1805で製造か…

Report No.24 シティーライナー

最後の特別なトワイライトエクスプレスが下関を出発する日、広島でもちょっとしたイベントがあった。広島支社では3月26日ダイヤ改正から土休日岩国~広島間で快速「シティーライナー」が運転開始されることになった。これを告知する目的で、ダイヤ改正前週の…

Report No.23 消えた流星

2016年3月26日ダイヤ改正は、北海道を新時代へといざなうものであった。1961年に建設開始し少なくない犠牲の上で開通を迎えた青函トンネルが本来の姿である悲願の「新幹線トンネル」としての営業運転を始めた。 しかし、それは鉄道史の転換点でもあった。利…

Report No.22 蘇る黒煙

釜石線は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のモデルにもなった、岩手県花巻から釜石までを結ぶ路線で、三陸地方の山と谷を縫って走るため急勾配やトンネルなどが連続する険しい路線である。 時は流れ、2011年3月11日、東日本地域を空前の大災害、東日本大震災が襲…

Report No.21 5073レ

5073レは東京貨物ターミナルから幡生まで、日本の大動脈である東海道、山陽本線を走行する高速貨物列車である。この列車は吹田機関区に所属するEF66の運用なのだが、EF66の運用範囲が東は高崎線から西は下関までという非常に広範囲に渡るため、差し替えやEF2…

Report No.20 米原工臨

米原工臨とは、米原駅で折り返しを行う東海道線の工臨の通称である。輸送量の多い東海道本線とあってレールの磨耗が早いため、頻繁にロングレールの輸送が行われる。ロングレールは京都総合運転所に併設された向日町レールセンターで製造され、ロングレール…

Report No.19 銀の風

EF81には通称「銀罐(ぎんがま)」と呼ばれる罐が存在する。EF81は製造時期や配置地区によって形態が異なるものが多いが、銀罐はその中でも特殊な部類であろう。 銀罐と呼ばれる所以は、その外見、つまり他の同型機と違ってステンレス製外板であることに由来…

Report No.18 山陰トワイライトエクスプレス <補>

山陰本線へ特別なトワイライトエクスプレスを撮影に行ったことは以前も投稿したが、すこし番外編ではなく捕捉としてのことを書きたいと思う。 寝台列車といえば、牽引機関車に流れ星の運用札が刺される。団体臨時といえど、特別なトワイライトエクスプレスで…

Report No.17 国鉄特急色の終焉

山陰本線京都口は電化されて以来、キハ181のほかに元485系の183系や381系といったいわゆる国鉄特急色(183系の場合準国鉄特急色?)をまとった車両たちが特急として活躍してきた線区であった。去る2015年に、289系の導入に伴って福知山支社から381系が引退す…

Report No.16 金沢工臨

幹線路線となると、乗り心地の向上や騒音の軽減などの目的でロングレールが採用されている。しかし、レール交換のたび、毎度毎度現場でロングレールを一から作っていては時間も人件費もかかるため、あらかじめ工場などで1本150〜200m程度の長さまで溶接した…

Report No.15 DD54陸送

かつての交通博物館が大宮に移り鉄道博物館となったことは記憶に新しいが、2012年に老朽化および手狭になった弁天町の交通科学博物館が梅小路に移設されることが決まった。 これに伴い、弁天町に展示されていた車両が随時梅小路へ陸送されることになり、その…

Report No.14 山陰トワイライトエクスプレス <番外編>

山陰ルートの特別なトワイライトエクスプレスは下りは瀬戸で、上りは美袋でDD51とEF65-1000の付け替えを行う。ここで、DD51は後藤所属であるので、瀬戸までの送り込みと美袋からの返却回送が必要になる。美袋で客車を切り離したあと、DD51のペアはいったん豪…

Report No.13 伊賀上野工臨

伊賀上野工臨はその名の通り、関西本線の伊賀上野駅までの工臨列車である。 夜、向日町を出発し伊賀上野駅まで行き、レールを取卸して翌朝の朝向日町へ帰ってくる。なお、奈良線を経由して関西本線へ行き折り返してくるため、運用上機関車単機牽引では機回し…