ぽっぽ屋備忘録

にわかな鉄道好きによる日々の撮影の備忘録

Report No.165 戻り燕

 ある研究によれば、渡り鳥であるツバメのつがいのうち、オス・メスどちらかが翌年また同じ巣に戻ってくる割合はおおよそ2割弱であるという。こう聞くと思いのほか少ない割合だと思う人も多いかもしれない。

 さてさて、「つばめ」と言えば、九州新幹線の博多~鹿児島中央間の列車を想起する方も多いだろう。これは九州新幹線開業前の鹿児島本線を経由して同駅間を結んでいた特急列車の名前をそのままに受け継いだものである。この特急列車「つばめ」は、1993年に本来「有明」として運転されていたもののうち、当時の西鹿児島駅発着だったものを分離する形で誕生したものである。この新生「つばめ」のイメージに見合う車両として開発されたのが787系である。787系「つばめ」の最盛期には有明を併結するなどして最長11両で運転するなど、鹿児島本線の大黒柱として九州の大動脈を支えていた。

 九州新幹線新八代鹿児島中央開業後は、新八代以北へと運転区間を短縮し「リレーつばめ」として名前を変え、「つばめ」としての名前を新幹線へと譲った。同時に787系は、肥薩おれんじ鉄道へと移管されたかつての鹿児島本線新八代~川内間には入線しなくなってしまった。そして九州新幹線全通後は、リレーつばめの消滅とともに鹿児島本線博多以南での運用は激減していった。

 昨今では、片割れとして残っていた「有明」も廃止され、徐々に787系そのものの運用が減少傾向にある。そんな中、余剰車となった787系を新たな観光列車「36ぷらす3」へと改造するということが発表された。その運行ルートには、かつてのつばめの運行経路である博多~鹿児島中央も含まれていた。つまりは、久方ぶりに「つばめ」の残像が復活するということを意味した。だが、さらなる驚きは「36ぷらす3」が運転開始される前に待っていた。


 2020年10月末、「36ぷらす3」の運転に先立ち、肥薩おれんじ鉄道での787系乗務員訓練が行われるという情報が舞い込んできた。これはおそらく17年ぶりとなる787系の入線であり、「36ぷらす3」はまだ改造途中ということで、通常の787系を用いるということであった。これは何としてもかつての名優を鹿児島本線で撮らねばと、一路10月末日、鹿児島へと飛んだ。

 第一に向かった撮影地は、東シナ海を背にする西方~薩摩大川。早朝の鹿児島本線の揺れ荒れ狂う普通列車肥薩おれんじ鉄道を乗り継ぎ、西方の駅から歩くこと20分ほど。快晴の海沿いには既に多くのギャラリーが集っていた。大阪から来る友人から「早朝の飛行機にて行くので場所をとっておいてくれないか」との任を受け、徐々に狭まりつつある隙間をなんとか確保しつつ、秋晴れの中「つばめ」を待った。試運転の経路としては、朝に鹿児島中央を出発し、出水まで行き、川内まで折り返したのち再度川内へ、という風におれんじ線内を3往復するダイヤとなっていた。787系 肥薩おれんじ鉄道試運転

 午前11時前、一度目の試運転復路便がジリジリと焼ける日差しの中かろやかな警笛とともに現れた。天草諸島を見渡せるほどの秋晴れの中、かつての「つばめ」はゆっくりと走り去っていった。お気づきの方もいるかもしれないが、787系「つばめ」現役当時とは編成組成が逆転している。これはこの年の7月の豪雨により出水以北が土砂崩れにより不通となっていたためで、試運転のために宮崎経由で車両を送り込んだからである。(※ただし、厳密には現役当時もこのような逆転編成で運転された場合はあったようだ。)

787系 肥薩おれんじ鉄道試運転

 この日最後の鹿児島中央へと戻る試運転行路を撮るべく向かったのは草道~薩摩高城間の海沿い。せっせと浜を歩き、唐浜海水浴場の端に位置する裸島へと昇り湾を見下ろす場所に陣を張った。何本か肥薩おれんじ鉄道の列車が行ったのち、17年ぶりの「つばめ」がやってきた。東シナ海へとおちる夕日はガンメタリックの車体をほんのり朱色に彩った。