ぽっぽ屋備忘録

にわかな鉄道好きによる日々の撮影の備忘録

Report No.157 Legend

 欧州では国同士で電化方式や信号設備の違いがあることなどから、国際列車にはまだ数多くの客車列車が走っている。だが、それも最近は規格化された各国対応の電車・気動車が開発されつつあり、徐々に客車列車は数を減らしている。さらに言えば、各国内のローカル列車を見ても、運用効率が良い量産型電車・気動車の数が増えてきており、やはり、将来的には欧州の列車たちも本邦のように電車・気動車が主流になっていくのであろう。

 定期列車としての客車列車は近い将来終焉してしまうかもしれないが、動態保存車・観光列車としてはまだしばらく安泰であろう。保存車という枠からは少し外れるかもしれないが、かつての客車を整備改修し観光列車として有効活用しているのがホテルチェーン・ベルモンドによって企画・運行されているVenice Simplon-Orient-Express(VSOE)だ。使用されている客車は最古のもので1926年のものもあり、あと数年もすれば1世紀にわたりヨーロッパを駆け巡っていることになる。近年では新型台車への振り替えが行われたり、客室のリニューアルが行われたりと、原形でこそないが往年の風情を十分に現代に伝えてくれている。国際寝台車会社の客車自体はVSOEに限らずヨーロッパ各地で静態、動態ともに保存車として存在するが、最長17両という長編成で運転されるのはこのVSOEだけである。また、各国の保存車と違い一国内での運行にとどまらず国をまたぎ国際列車として運転されるのもこの列車の魅力の一つであろう。今でこそヨーロッパの多くの国がシェンゲン協定により相互に入出国管理なく行き来でき幾多の国際長距離列車が運転されているが、かつては必ずしもそうではなかった。そうした国際長距離列車が一般的でなかった時代からの列車であるからこそ、この列車が国際列車として運転されることに価値があるのだ。

 2019年夏の欧州遠征では、同行した友人がVSOEをいまだ撮影したことがないということで、ここはやはりスイスはゴッタルド線で撮影しなければと、もはや通いなれたWassenの地へと赴いた。夏の終わりの9月といえど、やはり高地であるスイスの朝は冷える。10度台という肌寒さの中、Wassenの郵便局近くに車を停め20分ほどかけてループ最上段へと山道を登った。

 まだ山影が線路から抜けきらないころからセッティングをはじめ、時たま来る普通電車で構図を確認をしつつ、高原の朝を楽しんだ。VSOE通過の少し前に、Re620とRe420の重連によるバラスト工臨も通過。行きがけの駄賃としては贅沢すぎるほどだった。

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 日の光がWassenの谷底へとあたりはじめ少しばかりぽかぽかとした陽気になってきたころ、お目当ての主役は赤い機関車に引き連れられて山を登ってきた。数年前のダイヤ改正でVSOEが数分でも遅延すると普通電車に裏被りされるようになったのだが、この日のVSOEは定刻でやってきてくれた。残り短い夏の日の下、伝説の列車の静かなフランジ音が山間にこだました。