ぽっぽ屋備忘録

にわかな鉄道好きによる日々の撮影の備忘録

Report No.122 寒暁

 東北地方というと、冬は常に雪と氷に閉ざされているようなイメージを持っている方も多いと思うが実際にはそうとも限らない。太平洋側の沿岸地域は、内陸の山間部や日本海側に比べ暖かいため、雪は降るがあまり積雪は長く残るようなことは少ないというのが実際のようだ。中でも大船渡は一部で岩手の湘南といわれるほど温暖で、気象庁のデータによれば近年では年間最大積雪量でも20cmを下回るほどだ。つまり大船渡に限って言えば、冬でも雪を絡めた写真というのはなかなか撮れないということになる。

 だが、基本的に雪の日にこそ、雪の日にしか、撮れない被写体というものが存在する。それが岩手開発鉄道の朝の重連運用である。岩手開発鉄道は大船渡市の盛駅から岩手石橋駅までを結ぶ日頃市線と盛駅から赤崎駅までを結ぶ赤崎線の2線を保有する鉄道である。かつては旅客営業も行っていたが、現在は赤崎駅の太平洋セメント大船渡工場へ岩手石橋駅から石灰石を輸送する貨物輸送のみを行っている所謂産業鉄道路線である。国鉄DD13タイプを改良したDD56形機関車と国鉄セキ3000形ホッパ貨車を改良したホキ100形を運用しており、通常は機関車1両にホキ100形を18両繋げて1日13往復程度を基本として運転されている。だが、雪が積もった翌日の午前中は空転防止のために単機牽引から重連牽引に変更されることがあるのだ。

 岩手開発鉄道自体は前々から遅かれ早かれ行きたいと思っていたのだが、いかんせん西日本に住んでいる身としては安く東北に行く方法をなかなか見つけられず長らく手をこまねいていた。だが、昨年夏にスカイマークが神戸~仙台便を復活させたことで一気に行きやすくなった。後は予定を合わせるだけであったのだがその予定がなかなか合わず気付けば2月も半ばとなったころだった。ちょうど予定が3日ほど空いており、仙台便も安く航空券がとれることを知って、2月27、28日の日程で半ば強行軍で友人たちと3人で岩手開発鉄道へ行くことを決めた。当日は夕方の便で仙台入りし仙台からはレンタカーで気仙沼へ向かい、気仙沼に宿泊、翌朝早くから行動を開始する計画とした。するとなんと27日は突如の寒波でなかなか雪の積もらない東北太平洋側でもあれよあれよという間に雪が積もっていった。気仙沼の宿に着いた頃には10cm程度の雪が積もっており、その後も深夜までしんしんと雪が降り続いた。「これはひょっとすれば朝の岩手開発鉄道の1本目は重連になるのではないだろうか。」と淡い期待をいだきつつ眠りについた。

 翌朝は前夜の雪模様とは打って変わって、雲は多少あえれどすがすがしい冬晴れ。早朝6時に宿を発ち、盛駅へ向かうと盛駅の出発線ではまさに朝1番目と2番目の列車が暖機運転をしていた。そして願ったりかなったり。朝1番目は重連運用。だが朝1番目は盛駅から岩手石橋駅へと北西を向いて走る列車。順光にはならない。ならばと長安寺駅手前の川沿いのインカーブで山をバックに太陽を隠せばいいのではと考えて撮影地へ。

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 ついてみてニヤリ、山の木々はすっかりに雪に覆われ、いかにも冬景色。太陽はちょうど山の向こう側に隠れておりもうここしかないと陣を張って1番列車を待つ。吹きすさぶ寒風の中待つこと20分、協調運転のホイッスルが山にこだましてきた。そしてトンネルから颯爽と青い機関車2両に率いられてホッパ車がぞろぞろと現れた。線路に積もった雪をスノープロウと排障器で蹴り上げながら銀世界を軽やかなホイッスルと重厚なエンジン音のシンフォニーを奏でながら走り抜けた。

 重連列車は岩手石橋駅石灰石を積み込むと、重連の先頭に立っていた機関車を最後尾に付け替えてプッシュプル形態(実際には最後尾の機関車は回送状態のようだ)で今度は赤崎駅へ向かう。これは日頃市~長安寺の踏切付近のストレートで狙った。

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 あいにくと偶然湧いてきた雲でこの列車通過時は太陽を阻まれてしまったが、プッシュプル形態でDD13タイプの機関車がホキを18両も間に挟んでやってくる様は圧巻だった。先ほどは空荷だったため軽やかなジョイント音を奏でていた貨車も石灰石を満載にして重く鈍い音を立てて迫力を演出していた。最後尾の機関車はこの後盛駅で切り離されたようで、切り離し作業に伴う遅延でこの後の午前中の列車は少々遅れを持ちながらの運転となっていた。

 重連列車とプッシュプル列車というなかなか見れるものではない、”冬もの”を運よく記録することができて感無量であった。だがこれはまだこの日の始まり。この興奮醒めあらぬ中、晴れを求めて岩手開発鉄道での撮影を続行したのだった。<続>