ぽっぽ屋備忘録

にわかな鉄道好きによる日々の撮影の備忘録

Report No.117 懐かしのシュプール

 かつてはブルートレインなどの優等列車から普通列車まで、客車列車は幅広く運転されていたが、今や一部のイベント用などの波動用輸送や観光列車を除いてめっきりその数を減らしてしまった。特に2000年代以降、低価格な高速バスの台頭や新幹線サービスの向上、航空券の低下価格が進み、機関車牽引ゆえに速度向上が図りにくい客車を使用していた寝台列車や夜行列車は老朽化も相まってそれらとの競争に敗れる形で次々と後を追うように廃止・設定取消になっていった。そういった列車のうちの一つが2009年まで運転されていた臨時快速ムーンライト九州である。

 ムーンライト九州は当時、スキー客向け臨時列車「シュプール」用として改造されていた14系を使用していた。シュプール号用として改造されたものの、2000年代に入って以降はシュプール号そのものの運行が減少したためムーンライト九州をはじめ、その他団体臨時や乗務員訓練に使用されることのほうが多くなっていた。だが、元々老朽化が進んでいたこともあり、そういった運用は長続きせず、2008~2009年の年末年始を最後にムーンライト九州の設定がされなくなるといよいよ車両所で暇を持てあますだけとなっていた。特に、2005年に福知山線脱線事故の影響で、その当時JR西日本では鉄道イベントや特別企画の多くが自粛されていたことも運用減少に影響していた印象がある。

 そんな中、2009年春、福知山線北部の利用促進を図るため団体臨時列車「恐竜列車ちーたん号」というこれまたなんともコミカルな名前の列車がシュプール用14系で運転される運びとなった。列車名の由来は丹波地方で発掘されたティタノサウルス類の恐竜の化石であったと記憶している。運転区間は下滝~福知山~丹波口間で、シュプール用14系6両を使用し福知山線内ではDE10により牽引され最後尾にDD51を連結する形で運転され、福知山からはDD51によって山陰本線を上るという運行形態だった。シュプール用14系の去就が噂される中での運転設定であったので、なんとしても行かねばならぬと思い、当時買ったばかりのカメラを片手に始発列車に飛び乗り山陰本線 胡麻~鍼灸大学前のストレートへ向かったのだった。

 もはや9年近く前のことであり、記憶もあやふやではあるのだが、春のまだ寒いうちだというのに撮影地は朝早くから多くのギャラリーでにぎわっていた覚えがある。当時まだ置換発表のされていなかった485系改造の183系800番台などを撮影しつつ10時頃の通過を待った。

f:id:limited_exp:20180131212946j:plain

 晴天の中、DD51-1183に牽かれてシュプール14系6両がやってきた。中間車はそうでもなかったのだが、頻繁に使用される先頭車は退色や一部の錆や劣化が進んでおり、老朽化を如実に表していた。

 この運転のあとも幾度か恐竜列車ちーたん号の設定はあったのだが、これ以後シュプール14系が使用されることはなく、「あかつき」廃止で用途廃止となった14系寝台車などと共に同年7月に下関へ廃車回送されたのだった。