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ぽっぽ屋備忘録

にわかな鉄道好きによる日々の撮影の備忘録

Report No.39 黒鋼の記憶

蒸気機関車 JR北海道 客車列車

1960年代まで、日本のほとんどの国鉄路線は非電化であり、蒸気機関車が牽引する貨客列車が闊歩していた。1960年から始まった15年に及ぶ”動力近代化計画”、通称”無煙化”によって蒸気機関車による列車運行は1975年に終焉を迎えた。無煙化計画末期の1971年9月15日、C62に牽引された札幌~小樽~長万部~函館を結ぶ急行ニセコ国鉄最後の蒸気機関車牽引の定期急行列車となった。その後、ファンおよび有志の活動によってC62-3が動態保存とされ臨時でC62-3牽引急行ニセコが運転されたが、資金難によって1995年を最後に運転が終了した。C62-3の後釜として経済性に優れるC11を運用することになり誕生したのが2000年から2014年まで運転されていた「SLニセコ」号である。客車はJR東日本から購入した旧型客車4両で、これを前照灯が二灯式の通称”カニ目”ことC11-207が牽引することが多かった。

C62現役時代の急行ニセコから比べると機関車の大きさ、編成長ともに小規模のものに変更されたわけだが函館本線”山線”を最後尾に補機としてDE10がつくものの黒鋼が旧客を引き連れて駆け抜けていたことは評価されるべきだろう。C11による復活蒸気の運転はSLニセコに限らずあるわけだが、JR線上で非電化かつ旧客という条件を満たすのはこれしかなかった。

そんな「SLニセコ」号を一目拝もうと友人に連れられ山線へ出向いた際の話である。以前、北四線踏切での撮影のことについては記述したので時間を少しさかのぼって然別~銀山での撮影について記述したい。

然別~銀山といえば蒸気現役時代からの有名撮影地であり、廃止が発表されていたこともありそれなりの人出を予想した。ニセコの山道を走ること小一時間、撮影地についてみれば朝の寝台特急北斗星”の現場と打って変わって十数人のギャラリーがすでに構えていた。

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NikonF4s/28-80mm/Velvia100

先客の方の前にしゃがんで入れていただき通過を待つ。9月半ばというのにさすがに昼は少し暑いくらいであった。しばらくして森の向こうから汽笛一声。濛々と黒煙が迫ってきた。デジタルはAPS-Cを生かして超望遠で切ったが、ポジフィルムは標準で引いて切り取った。思っていたより煙が高く上を少々切ってしまったのが心残りといえばそうだが、旋回窓とカニ目のC11-207が旧客を引き連れるのを撮れただけで十分満足な撮影であった。現像してみるとフィルムの質感も相まってさながら現役のように見えるのがまたうれしい。