ぽっぽ屋備忘録

にわかな鉄道好きによる日々の撮影の備忘録

Report No.163 東国の新人

 欧州において、鉄道車両の多くは顧客たる鉄道会社が一から設計してオーダーメイドするものではなく、ありものの設計を微調整して導入するというセミオーダーメイドが主流となっている。これはひとえに、電化方式や信号方式さえ違えど、軌間がおおむね1435mmであり、早くから国際列車を直通させる目的で車両規格の統一化が進んでいたことが要因にあるだろう。機関車においてもこの傾向は顕著であり、オーダーメイドに近い仕様となるものは軌間が1067mm以下のナローゲージ車両やイギリスなど車両規格が小さい一部国・地域のみというような状況である。

 そのようなセミオーダーメイドの電気機関車で今、欧州で最も導入が進んでいると言っても過言ではないのがドイツ・Siemens製Vectronである。現在Vectronは1000両以上納入されており、欧州ほとんどの国でその姿を見ることができる。欧州各国の多様な電化設備に対応した様々なパッケージで展開されており、1機で交直合わせ最大4つの電源に対応することができる。そのため、多くの鉄道会社が多国間直通運転を行う貨客列車へ投入している。オーストリア連邦鉄道ÖBBもまたそうした会社のひとつである。ÖBBは中欧オーストリアという立地上、貨客問わず国際列車が数多く運転されている。これまでは、多電源対応の機関車としてSiemens製EuroSprinterが運用されてきたが、Vectronの登場により、一部運用ではEuroSprinterをVectronで置き換えている。

 オーストリアからみて南西に位置するスロベニア・Koperの港は、オーストリアから最も近いアドリア海側の港の一つである。Koper港へ向けÖBBによって運行されている貨物列車の一つがメルセデスの完成車輸送である。2018年まではこの運用はEuroSprinterによって行われていたが、2019年より、新鋭Vectronへと運用が置き換えられた。2019年11月の渡欧において、このVectronへと置き換わった完成車輸送を撮影するべく、スロベニア鉄道Koper線へと出向いた。

 Koper港への車両出荷便は朝10時すぎごろにČrnotiče付近の峠をKoper方面へと下るのだが、正確な運転日やダイヤを把握できなかったため、運転があるかどうかは半ば運任せであった。Koper線は交換駅こそあるが大部分が単線であるため、多くの下り貨物は一旦峠の上の複数の駅で複数便が待機させられ、上り貨物の通過を待つ。また、深夜帯は港の作業員の都合のためか運転は限られていることを事前に調査済みであった。そこで、もし出荷便の運転があるならば、朝早い段階で峠の上のどこかの駅で待機しているのではないかと読んだ。

 早朝4時ごろ、眠い目をこすりながら、A1号高速道路をひた走りKoper方面へと向かった。まずDivača駅へと向かったが、ここには車運列車はいなかった。次に向かったのはKozina駅。まさにビンゴ、車運列車はここで側線に止まっていた。側線での停止位置の都合上牽引機がVectronであるかは確認できなかったが、ひとまず運転があることはわかった。そうとわかれば、もう撮影地へコマを進める以外に選択肢はなかった。この日はアドリア海から雨雲が垂れ込むあいにくの天気であったが、こればかりは致し方ないとあきらめて、Zanigradの丘の撮影地へ向かった。

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 丘から見下ろす谷沿いの森は秋とあって紅葉で色づいた木々が点在していた。丘を登っていると、ちょうど一本貨物が下ってきた。よく見るとÖBB Vectronが牽引するコンテナ貨物であった。本来撮りたかった立ち位置での撮影とはならなかったが、ひとまずVectronが運用されていることは確認できた。そののち、狙いの立ち位置でセッティングし待つこと2時間ほど。10時半前にお目当ての車運列車がやってきた。赤い車体のサイドに白あしらわれたÖBBの大きなロゴは丘の上からでもはっきりとわかる。東国(Österreich)の新人はメルセデス車を満載した貨車を引き連れて峠を下って行った。終点Koper港まではあと少しの道のりだ。