ぽっぽ屋備忘録

にわかな鉄道好きによる日々の撮影の備忘録

Report No.162 峡谷

 ジュリア・アルプス山脈がそびえるスロベニア北西部は、切り立った山々と深い森、そして囁く清流が織りなす絵本のような景色が広がっている。その一つがヴィントガル(Vintgar)峡谷である。1891年に発見されたこの峡谷は、ジュリア・アルプスから流れるラドウナ川によって荒々しく削られた岩肌と深い森に囲まれた全長2km弱の峡谷である。スロベニア随一の名所と言ってもいいブレッド湖からもほど近く、渓流に沿って遊歩道が整備されているためトレッキングに人気のスポットである。

 このヴィントガル峡谷の北端ほど近くをスロベニア鉄道のBohinj線が貫いているのだが、峡谷を一跨ぎで越えるために石積みのアーチ橋が架けられている。秋になると、この橋梁の周りは紅葉で真っ赤に染まる。ローカル線であるBohinj線の本数は決して多くはないが、イタリア・フィアット製の気動車や場合によっては動態保存運転の蒸気機関車牽引の客車列車が走るなど魅力満点の路線である。

 日本の秋も深まってきた2020年11月、スロベニアの紅葉もころあいとみて東京・羽田から出国した。晩秋の欧州は秋といえどもう日本の冬のような気温であった。早朝の寒さに震えながら、ブレッド湖沿いのホテルを出立し、途中スーパーでパンとチーズとハムを買い込んでからヴィントガル峡谷へと向かった。峡谷へと至る森の遊歩道を30分ほど歩いて撮影地周辺へはたどり着いたのだが、どうにも事前に調べていたベストな立ち位置が見つからない。峡谷の管理事務所で聞いてもいまいち要領を得ない回答しか燃えらなかった。普通列車まではまだ時間があったので、イチかバチか、と覚悟を決めて遊歩道の裏側の山を登って探してみることにした。

 探すこと15分ほど。思い描いていた立ち位置を見つけることができた。想定していたよりも木々の間からであり、そして足元はすぐに崖という中々にスリリングな場所であった。美しいアーチ橋梁の背景に広がる紅葉はこの寒さの中にあってまだまだ見ごろという状況。なかなかに良いではないか、と、ひとまず買い込んだ食材で作ったサンドイッチを頬張り森林浴をしながら列車を待った。

スロベニア鉄道 Bohinj線

 しばらくして、JeseniceからNova Goricaへと向かう普通列車がやってきた。来たのはフィアット製の2両編成のディーゼルカー。検査明けなのか紅葉に負けないまばゆいばかりの赤い車体が石橋の上をコトコトと歩んでいった。

 本来であれば、この日は蒸気機関車の動態保存運転設定日であったのだが、どうやら予約人数に足りなかったため旅程キャンセルとなっていたようであった。少々悔しい思いをさせられてしまったが、こればかりは仕方ない。次回に期待、いや、次回は自分で企画して貸切を走らせるのもありかもしれない、と帰路の飛行機で思いにふけったのであった。