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ぽっぽ屋備忘録

にわかな鉄道好きによる日々の撮影の備忘録

Report No.36 昭和の残り香

かつての日本、特に高度成長期ごろまでは今ほど道路網は整備されておらず、物資の輸送といえば鉄道貨物が主力であった。この頃は、国鉄だけでなく、私鉄でさえも貨物輸送を行っており、国鉄から私鉄へ、私鉄から国鉄へ貨物のリレーが日常的であった。

郊外や田舎の私鉄となると、貨客混合列車が運行されていたり、路面電車に混ざって小型機関車に牽引された2軸貨車などが街中を闊歩していたりとさながらアメリカのインターアーバンを彷彿とさせるような情景は当たり前であった。

 しかし、高度成長期以降の著しい道路網の発展、一般向け自動車の普及などでモータリゼーションが進み、鉄道貨物輸送は減少していき、今では私鉄貨物輸送は絶滅危惧種となっている。

残り少ない私鉄貨物輸送の一つが三重県を走る三岐鉄道のセメント、フライアッシュ輸送である。沿線の藤原岳から産出される良質の石灰岩から生成されるセメントの出荷、中部電力碧南火力発電所から生成されるフライアッシュのセメント原料としての輸送を行っている。三岐鉄道自社発注のものに加え、東武鉄道で活躍した小型電気機関車などが重連を組んでセメントやフライアッシュを満載した貨物を引き連れてやってくる。

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Nikon F4s/28-80mm/Velvia50(+1)

四日市DD51の原色重連を撮影した日、帰り道がてら友人たちと三岐鉄道に立ち寄った。雲が湧いてきていたが、藤原岳自体は比較的よく見えていたので、三岐鉄道を代表する撮影地の三里〜丹生川、通称"藤原岳バック"へ向かった。低気圧の接近を伝える強風のなか設営。2本ほど元西武の普通電車が通過したあと、重々しい音とともにいかにも私鉄電機といったいでたちのED45重連でバックの藤原岳から作られたセメントを運んで山を下ってきた。

私鉄貨物輸送が珍しくなった今、この風景が末長く続くことを願ってやまない。