ぽっぽ屋備忘録

にわかな鉄道好きによる日々の撮影の備忘録

Report No.22 蘇る黒煙

釜石線宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」のモデルにもなった、岩手県花巻から釜石までを結ぶ路線で、三陸地方の山と谷を縫って走るため急勾配やトンネルなどが連続する険しい路線である。

時は流れ、2011年3月11日、東日本地域を空前の大災害、東日本大震災が襲った。釜石を含む三陸地方では地震津波によって甚大な被害を受け、釜石線も1ヶ月あまりの間運休することになった。

JR東日本では、翌年2012年の岩手デスティネーションキャンペーンに合わせ観光復興支援の一環として2004年以来となるD51-498によるSL列車の運転を行った。これが好評だったことを受けて、当時岩手県営交通公園で静態保存されており釜石線にゆかりのあったC58-239を動態復元し、JR北海道で余剰となっていたキハ141を改造、客車兼補機として用いて釜石線で定期運行することになった。

大宮工場にて動態復元されたC58-239は冬去りきらぬ2014年初春、釜石線でキハ141と共に入念な試運転を開始した。ネットをさまよっておれば、偶然にも試運転の情報を入手することができ、石北臨貨を撮るためにあけぼのや北越を撮りながら北上していた私はすこし寄り道して花巻へと立ち寄ったのだった。

試運転日の前日は新花巻の宿に宿泊し、よく休眠をとったのち、翌朝の始発列車に乗って宮守~柏木平のサミットの撮影地へ向かった。撮影地についたのは7時前だっただろうか。寒空の小雪舞い散る中、あぜ道に陣取り11時過ぎの試運転列車を待った。

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キハ110の普通や快速を撮って構図を固め、ちょうど11時になろうかというころ、山の合間から遠く力強い長い汽笛が木々を揺らしこだまとなって聞こえてきた。そして汽笛から少しして山の影からC58-239が竜のごとく高く黒煙を上げゆっくりと、力強く、勾配を歩み登ってきた。サミット頂上のカーブに差し掛かったとき、その力強さをファインダーに収めた。

 自身のすぐ横を驀進していくその姿に、これからの東北の復興を願ってやまなかった。