ぽっぽ屋備忘録

にわかな鉄道好きによる日々の撮影の備忘録

客車列車

Report No.108 2000mm

蒸気機関車の性能を語る際、しばしばその動輪直径が話題に上がることがある。これはなぜかというと、実は蒸気機関車の場合、その動輪直径によって最高速度が左右されるからである。蒸気機関車は、まず燃料を燃やしてその熱で水を沸かし、蒸気を発生させる。…

Report No.106 野を越え、山越え 谷越えて

いささかばかり欧州遠征の話が続いたので今回は国内での話を思い出して書いてみることにしよう。 7月の中旬、知人からDD51牽引の35系新型客車の試運転が山口線でまた走るとの話を教えていただいた。これの前回のDD51牽引の試運転(Report No.100 復刻 - ぽっ…

Report No.105 ニーベルンゲンの宝

ライン川の底にはニーベルンゲンの宝が沈んでいる、そんな伝説がドイツにある。ニーベルンゲンの宝とは、13世紀ごろにドイツで書かれた叙事詩『ニーベルンゲンの歌』に登場するもので、勇者ジークフリートが小人のニーベルンゲン族を制服したときに得た財宝…

Report No.104 走る舞台

オリエント急行といえば、アガサ・クリスティーの名作推理小説「オリエント急行の殺人」など数々の文学作品、映画の舞台にもなった鉄道ファンならずとも多くの人が知っている列車だ。オリエントはもともとラテン語で東方、東洋を指す言葉で、転じてヨーロッ…

Report No.102 おわら風

お盆というと、京都五山送り火に代表されるように全国で祭りや慰霊行事が多数催される。お盆行事の多くは8月15日を中心に前後数日に集中して行われるが、中には盆と名はついているものの、これ以外の期間で開催されるものもある。その一つが富山県の八尾地区…

Report No.101 天高く馬肥ゆる秋

一口に「団体臨時列車」と言ってもその内容は様々である。旅行会社のツアー企画であったり、結婚披露宴を兼ねたブライダルトレインであったり、企業や学校の部活動の遠征や節目の記念ツアーであったり、はたまた修学旅行であったりと、その内容は実に多岐に…

Report No.100 復刻

SLやまぐち号には永らく、12系客車を改造したレトロ調車両が用いられてきた。しかし、使用されている12系は、最も新しいものでも1971年製であり車齢は46年を超えている。車齢46年ともなれば、経年による老朽化は深刻で、近々置換計画が持ち上がるのではない…

Report No.94 土佐路

およそ30年ぶりにサロンカーなにわが高知へ行く、そんなニュースが飛び込んできたのは2月の半ばだっただろうか。四国デスティネーションキャンペーンに合わせて5月13日から14日にかけて岡山~高知を1往復することが発表された。岡山から高知へとなると、経由…

Report No.90 オイラン列車

最近だとオイランと言われてもなかなかオイランが何なのかわからないという人が多いのではないだろうか。漢字で書くと花魁となりこれまた難読だ。花魁とはかつて存在した吉原遊郭の遊女で高位の者を指す言葉だった。つまるところ、早い話が現代でいう風俗街…

Report No.86 潮風

山陰本線に「出雲」の名前が帰ってくる、そんな胸踊る発表がされたのは2017年の始めのころであっただろうか。14系サロンカーなにわ5両を使用してDD51が牽引し、大阪〜米子を往復の運行で、往路はだいせん、復路は出雲のヘッドマークを掲げて走るという大盤振…

Report No.82 11年前

2006年3月17日発の運転をもって客車寝台特急「出雲」が廃止された。そして、これをもって山陰本線におけるDD51の定期運用および客車列車は消滅となった。それから11年の今年、山陰本線にDD51牽引でサロンカーなにわを使用した団体臨時列車が走ることになった…

Report No.79 ニセコの思い出

函館本線 長万部~小樽間、通称山線。かつてここはC62が牽引する「ニセコ」が走ることで有名だった。C62が引退して以降はC11がその後を引き継いで2014年まで「SLニセコ号」として運行していた。しかし牽引に用いられていたC11に新型ATSの設置が難しかったこ…

Report No.72 Express

今や定期列車から消えてしまった急行列車であるが、かつては関西圏でも多くの急行列車が運行されていた。その一つが、急行「だいせん」であった。2004年に廃止された急行「だいせん」は、末期こそキハ65による運転であったが、1999年10月までは昼行はキハ58…

Report No.69 煤煙の記憶

福知山線の宝塚~福知山間、山陰本線の福知山~城崎温泉間が電化され今年で30年になる。両区間とも現在では電車特急が闊歩する路線となっているが、電化前までは気動車優等列車や客車列車の楽園であった。キハ58やキハ181といった気動車が往来する中、客車列…

Report No.67 面影

2000年以降、青い機関車と青い客車、「ブルートレイン」と呼ばれ親しまれた寝台列車たちの時代は高速道路網の発達や新幹線網の延伸、航空券の低価格化などによって続々と終焉を迎えた。京都~長崎を結んだ寝台特急「あかつき」もその一つであった。「あかつ…

Report No.58 村雨の日に

大地を揺らし、黒煙と蒸気を吐き走る蒸気機関車の姿はいつの時代も人々を魅了してやまない。そして近年では、その魅力を利用して地域活性化などにつなげようという動きもみられる。ひとたび蒸気機関車が走るとなれば鉄道ファンのみならず多くの観光客を呼び…

Report No.50 Give me chocolate!

Give me chocolate! 言わずと知れた戦後日本を象徴するフレーズである。当時の飢えた子どもたちにとってそれまで日本でほとんど流通していなかったチョコレートの甘くほろ苦い甘美な味は新鮮で格別であったに違いない。 同じ頃、国鉄の機関車や客車は「ぶど…

Report No.47 驀進

動力近代化計画、通称無煙化により蒸気機関車は全国の国鉄路線定期列車から姿を消した。無煙化末期には伯備線や函館本線などに少なくなった蒸気を一目見ようと多くのファンが訪れるなどSLブームと呼ばれるものが発生した。更に、これまで鉄路を支えてきた…

Report No.43 雪中行軍

2014年を最後に事実上廃止された寝台特急「あけぼの」は、奥羽本線経由で上野~青森を結んでいたわけだが、新潟や秋田、山形といった豪雪地 帯、日本海側を通過するため冬季はしばしば雪や強風で大遅延や運休することがあり、「雪に負ける」ことから不名誉に…

Report No.40 青の旅

”あぁ、だから今夜だけは君を抱いていたい あぁ、明日の今頃は、僕は汽車の中・・・” これは、1973年発表の財津和夫(チューリップ)の歌の一節である。当時日本は高度経済成長の末期、地方に恋人を残して夜行列車で上京する若者の気持ちを歌った曲として多…

Report No.39 黒鋼の記憶

1960年代まで、日本のほとんどの国鉄路線は非電化であり、蒸気機関車が牽引する貨客列車が闊歩していた。1960年から始まった15年に及ぶ”動力近代化計画”、通称”無煙化”によって蒸気機関車による列車運行は1975年に終焉を迎えた。無煙化計画末期の1971年9月15…

Report No.38 幻影

いまや日本から定期寝台列車は全廃されてしまい、”高級ツアー”として”ななつ星”や”カシオペア”などが臨時運行される程度になってしまった。かつては東京や大阪のような大都市から日本各地へ寝台列車が発着していた。中でも日本の大動脈、東海道・山陽本線系…

Report No.35 蒼い夢、永遠に

前回天理臨の話をしたので今回も引き続き天理臨について触れていきたい。 青森~天理で運転されていた24系使用の天理臨が、京都駅でEF81とDD51を付け替えるのは前回お話しした通りである。北陸方面への列車は通常0番線から発車するが、天理臨は往復ともに7番…

Report No.34 青と赤

天理教をご存知だろうか。天理教とは江戸時代に生まれた新興宗教であり、宗教人口はおよそ100万人、奈良県天理市にその総本山を構える。この天理教、年に数回の祭事があり、この祭事に合わせて全国の天理教徒の方々が多く天理市へはせ参じるのであるが、これ…

Report No.33 小さな巨人

北海道への玄関口である海峡線では、新幹線開業までED79が客車列車の牽引を担当していた。ED79はED75改造し、海峡線専用仕様にした形式である。改造車種にED75が選ばれた理由は、当時運用の再編によって余剰が生じており、比較的車齢の浅い車両がまとまって…

Report No.32 夜花

かつては海峡線といえば、快速「海峡」をはじめとして、「はつかり」、「日本海、「北斗星」、「トワイライトエクスプレス」、「カシオペア」、「白鳥」、「はつかり」などなど数多くの優等列車が日夜闊歩していた。しかし、利用客減少や老朽化、北海道新幹…

Report No.28 蝦夷富士は晴れているか

蝦夷富士とは羊蹄山の別名である。標高1898mと富士山には到底及ばない高さだが、富士山に似たその円錐状の形が由来である。またアイヌ語ではマッカリヌプリやマチネシリと呼ばれる。時折函館本線”山線”で運転される臨時特急ヌプリ号の名もここからきている。…

Report No.26 日本海縦貫線号

1964年の東海道新幹線開業を皮切りに、主要幹線網の新幹線化が始まった。今や、新幹線のみで東京から函館、新潟、金沢、鹿児島中央へ行ける時代となった。しかしその裏では、速達性と利便性を引き換えに歴史の中へ消えていったものたちもあった。 2015年3月1…

Report No.23 消えた流星

2016年3月26日ダイヤ改正は、北海道を新時代へといざなうものであった。1961年に建設開始し少なくない犠牲の上で開通を迎えた青函トンネルが本来の姿である悲願の「新幹線トンネル」としての営業運転を始めた。 しかし、それは鉄道史の転換点でもあった。利…

Report No.18 山陰トワイライトエクスプレス <補>

山陰本線へ特別なトワイライトエクスプレスを撮影に行ったことは以前も投稿したが、すこし番外編ではなく捕捉としてのことを書きたいと思う。 寝台列車といえば、牽引機関車に流れ星の運用札が刺される。団体臨時といえど、特別なトワイライトエクスプレスで…